第35回『食べる海の宝物』隊長、礫でそぞろあるき・その3

投稿日: 2012年06月17日(日)16:30

提供:ゲンキ3ネット

まるで巨木が枝葉を伸ばしたかのように複雑に入り組んだ五ヶ所湾。
そのもっとも突出した岬の先に礫浦(さざらうら)はある。
公共交通でいくと、伊勢から五ケ所浦までバスで1時間。さらにそこから町内バスに揺られて50分ほど。
三重の秘境ともいえるその地で、サルシカ隊長が謎の秘宝を追う!!


前回、前々回と連続でご紹介してきた「礫でそぞろあるき」も今回でラスト。
礫の細いせこ道、青い海が見える堤防、そして鬱蒼と緑が茂る山道をなんと3時間に渡って歩いてきたのである。
(取材しつつなので時間がかかりました。ガイドの羽根さん中村さん、すいません!)

汗もかいてもう喉カラカラ。
とても夕食のビールまで待てる状態ではない。
せこを抜けて港に出たところで自動販売機を見つけたときは、もう宝物を見つけたように飛び上がって駆け寄ったのである(笑)。

冷たい緑茶をグシグシと喉に流し込んだ時、人生の至宝とはまさにこの瞬間である、とすら思った。
これからのシーズン、礫浦を案内してもらう方はぜひ水筒持参で(笑)。
あと帽子、タオルも必須です!

3時間前に出発した宿「とよや勘兵衛」に戻る。
改めて書くが、迫間浦と礫浦を一望できる高台に建つ宿である。

ここはボランティアガイド『礫でそぞろあるき』代表の羽根さんが経営する宿で、奥さん、そして息子さん夫婦で切り盛りしている。
チェックインをしようとすると、3人の元気なお孫さんたちが出迎えてくれる。
どうやらここだけは過疎高齢化の心配はないようだ(笑)。

ここだけの話、ワタクシはダイエット中であるし、いろんな人から「いつも取材と称してうまいもんを食べて酒を飲みやがって!」という鋭い追及もたくさん受けているので、本当は宿泊を遠慮したかったのだ。

しかし、主の羽根さんが、「礫には食の宝もあるのだ、どーしてもたべてもらいたいのだ」というものだから、もう本当に仕方なく、つらいつらいと涙しつつ、宿泊を決めたのである。
本当である(笑)。

が、その割には写真師マツバラとワタクシはいそいそと楽しそうに、食事の撮影用の機材などといっしょにお風呂道具なども用意しているのであった(笑)。

客室を紹介しよう。
迫間浦を一望できる部屋が9部屋。
山に面した部屋が2部屋。
計11部屋ある。
ちなみに洋室もあり。

お風呂!
温泉ではないものの湯船は広くてゆったり。
こちらも眺め最高!!

そしていよいよお食事ターイム!!
ご覧ください、この豪華絢爛な食事の数々を!!
五ヶ所湾の海の幸が「これでもか!」と鎮座しておりますよ。
ワタクシと写真師マツバラは阿鼻叫喚の状態。

が、ここで写真師マツバラが鬼の形相となって「撮影が終わるまで食べちゃダメ!!」などと言い出すのである。
しかも、ワタクシに箸ではなく、照明をもたせるのである。

ようやくテーブルにつかせてもらって「いざいざいざ!」と箸をすすめたら、また「ダメダメダメ!」なのである(涙)。

「まだだよ~、まだダメだよ~、はい、バシャバシャバシャ!!」
「お、いいね~、ブリしゃぶいってみようか、はい、しゃぶしゃぶして~、でも食べちゃダメ、バシャバシャバシャ!!」

もはやこれはゴーモンなのだ。

そして「食べてヨシ!」と、お許しが出たかと思えば、すぐさまカメラを見て笑えなどという。
味わうどころか咀嚼するヒマもないのだ。
さすがに頭にきたワタクシはブリしゃぶをウギャーッと3切れほど一気食いしてやった(笑)

そんなことをしている間に、目の前の迫間浦は夕闇に沈んでいた。
海の幸に舌鼓を打ち、ビールに酔った。
おー、幸せ幸せ。

そろそろ日本酒にでも切り替えようかと思った頃、ガラリと襖が開いて息子さんが入ってきたのだ。
調理場は彼がまかされているようだ。

「オヤジにぜひこれを食べてもらえと言われまして・・・『ソマ鰹の塩きり』です」

おおおおお、これが羽根さんが言っていた礫浦の食の宝か!!
かつて礫浦ではどこの家庭でもこのソマ鰹の塩漬けをつくっていたという。
まさに礫浦のソウルフードである。

匂いを嗅いでみる。

強い潮の香り。
塩辛の匂いといえばよいだろうか。

からすみのように大根の千切りをくるんで食べるとおいしいという。

さっそく一口。
お・・・まるでチーズのようになめらか。
味も熟成したそれのようだ。

卵の黄身とソマ鰹の身をつぶしてコクを出したタレと、オリーブオイルでつくったタレが出てきた。
黄身のタレをつけると、ますます味が濃厚になる。
日本酒がほしくなる。
オリーブオイルのタレをつけると、味がまろやかになる。
白ワインがほしくなる(笑)。

厨房へいって、漬けてあるソマ鰹を見せてもらった。
強烈な匂い。
クサヤのような匂いである。

「結構すごい匂いでしょ」と息子さんは笑った。「父は食べるのは好きなんですけど、この匂いがダメで、もっぱら漬けるのはボクの仕事です」

部屋に戻って、改めてその礫浦のソウルフードで酒を飲んでいると、孫を抱いた羽根さんがふらりとやってきた。

「もう食べましたか、礫浦の宝物は?」

「食べた食べた」
「うまいうまい」
「飲んだ飲んだ」
「お腹いっぱいいっぱい」

ワタクシと写真師マツバラがこうして単語を繰り返していうときは、もうすでに酔っている証である(笑)。
羽根さんは、この『ソマ鰹の塩きり』を礫浦の名物として商品化できないか検討中だと言った。

「できるできる」

ワレワレは無責任に繰り返したのであった。

海に面し、海と共に歴史を歩んできた礫浦。
せこをそぞろ歩き、家々の宝を覗き、悲しくも楽しい時代をかいま見る。
たった1泊2日の旅だが、ずいぶん遠く、ずいぶん長い時を過ごしたような気がする。

津に戻ったら・・・すっかり時代が変わっていたりするかもしれない。
その時は玉手箱を開けないようにしよう・・・(笑)。

そんなバカなことを考えつつ眠りに落ちたのであった・・・。

礫でそぞろあるき、おわり。
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写真/松原 豊
文 /奥田裕久